Yでございます。
ストーブが恋しかったり、コートが暑苦しかったり、
冬に向かうまえの気温の乱高下にふりまわされている感じがします。
これから寒くなるのと同じスピードで、
お忙しくされるみなさんも多いことでしょう。
どうか、身体を温めて、ご自愛くださいね。
ちょっとオススメは、
ちょっとつかれたなー、と思ったら胃のあたりにカイロを貼ること。
これからの季節の不調にぴったりです。
あるいは、首の付け根のグリグリのあたりを温めるのもいいですよ♪
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Yは原則的に「おきらく楽観主義」です。
ポジティブな人、という表現でもいいかもしれません。
できごとの流れを把握したりするのに、
ネガティブな予測をすることはありますが、
それを捉えるのに、あまりネガティブな感情にとらわれて、
苦しくなる、というのは少ないように思います。
嫌だ、とかはもちろんあるんですよ? 不快、不愉快、とかは。
でも、それは「自分が何を求めているか」を明確にするためのプロセスなので、
どこかで楽しんでいるのです。
「あったまきた自分」をね。
冬のある日、珍しくネガティブな気分が消えないことがありました。
しかも自分には、ほぼ直接関係のないようなことです。
そのネガティブな気分は数日続きました。原因不明、というものではありません。
その頃、小樽と手稲の間で土砂崩れが発生しました。
Yのメインの利用公共交通機関はJRなので、なかなかマジで気になります。
それでも、そのときの私の「気になりかた」は、ちょっと尋常ではありませんでした。
復旧のための工事が続き、数日、ダイヤにも影響が出ました。
工事の際、重機が転倒するかして、作業員の方が怪我をされた、というような報道もありました。
それでも、自分の周囲も、報道も、ごくささやかなこととして捉えているようでした。
めずらしくどんよりした数日間を過ごしました。
「どうしてみんな平気でいられるのかな」
「大きな災害の前兆じゃないのかな」
普段なら、まず考えることはありません。
情報の整理、として「想定」することはあっても、
「想像」して、苦しくなる、ということはない、ということです。
悶々しながら、用事を足すために、札幌駅へ向かいました。
すれ違う人々は、日常に忙しい空気をまとっています。
小さな土砂崩れなど、ちっとも気にしない、というように。
私が抱えた不安がピークになったときに、ふと、気づいたことがありました。
「そうか、私、不安になりたかったんだ」
これが真実か、正解か、そういうことはどうでもいいことなんだと思います。
そう思ったとたん、すーっと楽になりました。
このことが、心理学的にどんな現象だったのかとか、
Yにはよくわかりません。
もしかすると、承認とか、潜在意識と顕在意識とか、
インスピレーションとかトラウマとかインナーチャイルドとか、
そういうのが、どうにかこうにかしたのかもしれません。
ただ、
「そのときの自分を、ありのまま認め、受け入れる」ということが、
ときに、こんなに楽になることがあるのか、と、すごく驚いたのです。
そういえば、ドリカムのうたにもありましたね。
抱いた膝に 次々にこぼれるしずく
そっか 私
ずっと 泣きたかったんだ
そっか 私
ずっと 泣きたかったんだ
未来を見つめすぎて疲れちゃったとき、
過去を振り返り過ぎてしんどくなったとき、
「今の、ありのまま」を感じると、
すーっと楽になることもあるみたいよ、というお話しでした。
数日悩まされた「不安」は、その後、30分で、完全に解消されちゃいましたとさ。

